これがイタリア

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国の統一に言語統一、国語教育は大きな役割を果たしていると思います。
かつてのイタリアの統一でも同じ事が言えるのではないでしょうか。

地域によって異なっていた言葉をトスカーナで話されている言語を「イタリア語」
と定め、言語統一、国語教育を通してイタリア統一につとめた、力を持った指導者達。

その瞬間から、今まで「自分の言語」として使っていた言語には「方言」という
レッテルが貼られ、いつの間にかその概念が人々の心の中に浸透し、
「スタンダードなイタリア語を話す人」と「方言しか話せない人」の間に
主従関係のようなものが生まれたんですよね。
主従関係という表現は少し適切ではないかもしれませんが・・
言語でも文化でも、「標準化」のプロセスでは少数派の声を無視し、
力のある者が都合のいいように決まりを定めていく、
それが世界中で現実に起こっている事だと思います。

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私はなんせ、イタリアの中でもレッチェとウ~ディネという
「これ以上極端なコンビネーションはないでしょ・・アンタ・・」というような
場所2都市に滞在し、文法の違い、アクセントの違い、使用する単語の違い、
そしてスタンダードなイタリア語に対する人々の思い、
様々な点でイタリア語の複雑な在り方を実感しました。

こんなエピソードがあります。

レッチェの近所のレストランでアルバイトをしていたとき、
同級生のシモーナという女の子も一緒に働いていました。
彼女はレッチェの近くの村の出身で、なんせスタンダードイタリア語を話すのが
下手くそで方言丸出しの女の子でした。
それをよく思わなかったのは、ヴェネツィア出身のレストランのオーナー。

「あんたな、そんな喋り方してたらイタリアの他の町で働く事なんてできへんよ。
ちゃんとイタリア語しゃべりなさい!!」といつも大きな声を上げて注意していました。
だけど言語の習得は日々の積み重ね。明日からスタンダードのイタリア語で!とそんな
簡単にいくわけはありませんから、彼女は随分と苦労していました。

そしてオーナーは、自分のお気に入りのお客さん、社会的地位のあるお客さんが来ると
私を接客にまわしました。

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彼女がスタンダードのイタリア語を話せなければ、方言を理解できないお客さんが
困るのは確かです。スタンダードなイタリア語が話せなければ、
これから他の町に出たとき彼女は苦労するかもしれません。

だけどなんだかな、方言を話すこともその人のアイデンティティー。
生まれながらに「上」も「下」もない。我々が構造している社会の中で
上下関係や主従関係が生まれているのですよね。
方言だって、昔は彼らにとって唯一の言語だったのに、社会の変化の中で
急に「見下される言葉」へと変わってしまった。その事実を心に留めておく事は
大切じゃないかなって思います。

この前にも書いたように、イタリアって本当に地域色が強くって、
皆が郷を大事にするあまり、周りの事がみえなくなってどうしてもまとまらない。
それが様々な問題を引き起こしているのは確かなのですが、
「標準化」に抵抗する人々の姿というのは、時にとってもたくましく、輝いてみえます。

良くも悪くもそれがイタリア。
この国の「混沌」は、良くも悪くも歴史の産物なのだと思います。

今日の一日を支えてくれた一曲はこちら!
Piazza Grande
Ti penso..ITALIA010.gif

by Yoku1210 | 2014-11-06 01:35 | 日常 | Comments(0)