全てが平らなオランダ?

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へとへとの私とタイ人のクラスメイトを見かねた先生が、
「よし、じゃあ今日の授業はカフェで行いましょう」と言い、
私たちを近所のカフェに連れってくれました。
イギリスの大学時代には絶対考えられない(笑)

物事がうまく機能していて、人もよく働く、だけどやりすぎず上ばかりを見ない、
リラックスする時間を大事にする。
この絶妙なバランスがオランダの魅力だと、
そしてオランダから教えてもらった事だと思っています。

「オランダってね、土地だけじゃなくて何もかもが”フラット”だと思うのよ」
そう口にする人は一人だけではありません。

例えばファッション。
「可愛いんやけどな・・な、なんかなぁ・・」と思うお店が多いです。
もちろんアムステルなどに行けば、フリーデザイナーの素敵なお店などもあるけれど・・

ご飯。
ノーコメント。(笑)
街中にはサンドウィッチをほおばる人、そして「サンドウィッチを今からこしらえます」
と言わんばかりに、片手にパンとハム、チーズの薄切りの袋を抱えて歩く人が
そこら中にいます。

表現の仕方。
とっても直接的で合理的。
とにかく思うことをはっきり口にする。

だけどオランダ人って自慢をしないんですね。
すっごく謙虚。
見せびらかす事が美徳だという感覚はないのでしょう。
だから全てがフラット。
絶妙やなぁ!!と感心させられます。
こういうところが、「fare una bella figura ええ格好をする」イタリアの文化とは大違い。

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去年一緒に勉強したオランダ人のクラスメイト達がいつも言っていました。

「富を見せびらかす事は恥。一番になりたいのじゃない。
人並みの生活が送れたら十分なのよ、私たちには」と。
(もちろん、ここでいう”人並み”の意味にも異議はあるかと思います)

ただ、やはりそれはオランダらしさといっても
オランダの絵画や建築からも感じられるように、平等な市民社会
の構築につとめてきたオランダの考え方が今のオランダ人にも反映されているのかな?
と思います。

その点、日本は「やりすぎだ」とうつり、イタリアは「やらなさすぎ」と
私にはうつります。
「しっかりすることはする。でも限界を超えることはしない」
ここに住んでいると、そう思わされる場面に出くわす事が多いです。

イギリス・イタリア・オランダと暮らしましたが、イギリスに対してはどこか
「イギリスはイギリス」という思いが自分のなかである一方で、
イタリアとオランダは、それぞれの好きなところ、そうでないところが対比しているように
思います。オランダの好きなところはイタリアにはないところ。
そしてイタリアの好きなところは、オランダにはないところ。

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だからやっぱり「選択」をしなきゃいけないんですよね。
オランダにあるものがほしいのか、イタリアにあるものがほしいのかって。

「考える事」「選択する事」に疲れきって、まだまだ脱力感を消し去る事ができない最近の事。
ひっさびさに母に電話をすると、

「あんた、でもええやんかぁ、イタリアで頑張ったら!
もうな、若いうちにやりたい事しやなあかんで。元気なうちに。
今までもやりたい事をしてきたんやから。やりたいことをする、
それがあんたにとって一番幸せなとこやと思うし、お母さんもそれが一番幸せやわ」

と言われ、
母の寛大さは、オランダの寛大さに負けやんと思いましまた。
自分の事を分かってくれる人、信じてくれる人の一言は何よりのエネルギーになりますね。

オランダから学んだ事。
そして同時に、オランダを見て気づいたイタリアの良さ。
イタリアが与えてくれた喜びの大きさ。

いろいろ複雑な思いがないわけではないのですか、
「イタリアが好き」「誰に何を言われようとあの子(子呼ばわりのイタリア)が好きなんや」
その気持ちがある以上、目指す先はあの、あのペニンシュラなのだと思います。

なんせイタリアへの気持ちは「恋」だからな、いつか燃え尽きるのか・・?という
点には自分でもすっごく興味がありますが。(笑)

だ・け・ど、そんなこたぁ明日になってみなきゃ分からないから、大事なのは「今」079.gif

おやすみなさい♫


PS:今回書いた事は、かなり個人的観察による、何の証拠もない感想でしかありません。


by Yoku1210 | 2014-12-09 04:28 | 日常 | Comments(0)