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フリウリの奇跡 (4)

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「なぁなぁ、自分の事フリウリ人やと思う?」
と友人に聞くと、
「せやなぁ。俺はここで生まれたらなぁ」と言われました。

当然の事・・・
当然の事・・・

私も誰かに同じ事聞かれたら、同じ答え方をしていたと思います。

昔から、私の中では「人」と「土地」の間には
「感情的な感覚」みたいなものが存在します。

私が三重で思春期時代を過ごしていた時に、
この土地で、ウ~ディネで、フリウリで、イタリアで、
同じように思春期時代を過ごしていた「人」がいるんだなと
思うだけで、ジ~ン・・・とくるのです。
どんな事を想いながら、どんな夢を描きながら皆過ごしていたんだろう・・・
と想像するだけでジ~ン・・・
思えば思うほど、ここの場所の事が愛おしくなります。
説明不可能な、私の心の中にある、人と土地をつなぐ「感情的な感覚」です。

その一方で、
「フリウリ人」「三重人」「イタリア人」「日本人」
こういったアイデンティティーって一体なんぞや・・・
ピュアな「私」というアイデンティティーだけ持って生きられたら
どんなに楽なことか・・・な~んて思うときもあります。
修論を書きながら、こんな思考が頭の中をグルグルしています。

誰かとつながっていたい気持ち、
相手との違いをつけてこそ生まれる「自己認識」の感覚、
やっぱり生まれた土地や国籍、文化に言語に宗教、
その他もろもろ私たちのアイデンティティーをつくる要素は
多様に存在するんだよな・・・

ローマ帝国に支配の支配下になったフリウリはその後、
ランゴバルド王国、カロリング王朝、ハンガリー人の侵攻と
様々な支配を受けます。(詳しい事は知らないので省略)

そして11世紀に入り、アクイレイア総大司教がつくられます。
総大司教は、カトリック教において最高の裁治権を持つ司教職。
これが、現在も存在する「フリウリアイデンティティー」的なものを
つくりだす大きなきっかけになったと言われています。

続きは次回に・・・♫


by Yoku1210 | 2015-04-21 23:27 | イタリア | Comments(0)